(3)
 原チャのスピード測定は今も続いている。今『小山市』の原チャの測定が終わった。次の『前橋市』の測定が終わると、いよいよ『伊那市』の登場である。
 霜片はまだ葛藤していた。
 ライダーとしての野望、スピードを出すことの喜び・・・。
 それに相対するサークル社会への接し方、オトナとしての自覚・・・。
 そして自分が『群青の流星』であるという事実・・・。
 霜片は2度目の後悔をした。もう本番は目の前である。しかし今もまだ決心をしかねていた。
 傍らには『伊那市』原チャを置いて。

 風原は嫌な予感がしていた。ふと隣にいる幸村に話し掛ける。
「ねぇゆっきー、シモヒラ大丈夫だよねぇ?」
 一瞬何のことだか分からない幸村は、
「何が?」と聞き返す。
「シモヒラ、何か変じゃない?」
 はて、と思い、幸村は霜片に目をやる。そこにはいかにも自信のなさそうな霜片が立っていた。
「いつものシモヒラじゃん。」
「でも、元気なさそうだよ。」
「いつものシモヒラじゃん。」
「いかにも自信なさそうだし・・・。」
「いつものシモヒラじゃん。」
「・・・それに疲れているのか、目が虚ろだし・・・。」
「いつものシモヒラじゃん。」
「・・・。」
 何を聞いても同じ台詞で返してくる幸村を見て、風原は溜め息をついた。
 さすがにその溜め息に反応したのか、幸村はこう声をかけてやる。
「大丈夫だよおぢいちゃん。シモヒラのことだから、原チャにまたがっちゃえば性格変わるって。」

 実際そうだった。
「では次ぃ、霜片さんの番で〜す!」
 石川島の声が辺りに響く。
 仕方ない、という気持ちで原チャに乗ろうとしている霜片だったが、いざエンジンをかけると、表情が一変した。
 殺気立った眼光。
 ブキミに光るメガネ。
 その異様な雰囲気に、ギャラリーは思わず注目する。
 風原も口を開け、唖然とする。
「だから言ったろ、おぢいちゃん。」
 それを知っていた幸村は、ひとり得意げであった。
 そして当の本人、霜片は、周りに人がいるということを既に忘れ、『ライダー』に変身していた(ちなみにカマキリのようなメットは、残念ながら被っていない)。
 霜片の気迫はスタートのその瞬間に最高潮に達していた。
「Go!」
 石川島の合図が出た。
 その瞬間、信じられないような加速で、1台の原チャが姿を消していく。

 焦ったのは朝霞だった。
 まさか原チャごときにこれほどのスタートダッシュをされるとは思っていなかったからである。
 この瞬間、朝霞のバーサーカースイッチが入った。
 『白い異邦人』覚醒の瞬間である。

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