羽生は信じられないものを見た。
右から合流してきたのは、何と自転車であった。
しかもただの自転車ではない。世にいう「ままちゃり」である。
さらに籠に何やら積んでいる。
それだけではない。やたら速いのである。
見た目だけでおそらく５０km／hは超えていると推測される。
「もしやあれは・・・、いや、噂には聞いていたが、しかしあれほどまでとは・・・。｣
羽生は橋を渡り終えたところで停まってしまった。そしてその「ままちゃり」と幸村の行方を見守った。
横から合流してきた「ままちゃり」は、対向車がいないことを確認してゆったりと左方向に進路を変える。
そして余裕とでも言うべき態で幸村をぶっこ抜いていく。
「はぁ？」
脇を掠めたものが自転車であったことを認識したとき、幸村は思わず声をあげた。
その自転車が「ままちゃり」であることを認識したときには、さらに声をあげた。
「はぁ？」
すると、その声が聞こえたのか、あるいは幸村に見せつけるようになのか、「ままちゃり」は叫んだ。
「・・・自転車とは、このように乗るものだ！！｣
しかし幸村はその声を聞いていない。そして次の瞬間、その「ままちゃり」は幸村の視界から消えた。
幸村の乗る自転車がヘアピンに差し掛かったからである。
もはや幸村は悟りの境地に達していた。
というよりは、既に諦めモードに入っていた。
そこへ、何やら横付けしてくるものがある。何やら青い。
しかしその音に聞き覚えがあった。
「シモヒラ〜！！！」
横付けされているのは紛れもなく『群青の流星』であった。
同じスピードで走っているのである。
とっさに幸村は、『しもしゃ』のスキーキャリアをつかんだ。
クルマの減速とともに自転車も減速されるという計算である。
もちろん手を離したり、バランスを崩したりすれば、幸村は永遠の世界へと旅立つことになる。
幸村は一生に一度しかありえないであろう集中力と握力とを行使した。
そしてついにヘアピンをクリアしたのである。
羽生は信じられないものを目の当たりにしていた。
「ままちゃり」は、何と右から左車線へ進入してきたかと思うと、その角度のまま何と・・・飛んだのである。
ガードレールを越え、崖の下から生えている木々を越え、どうやら向こう側、つまりヘアピンが終わり、さらに右に折れて『団扇坂』へ続く直線の方向まで、どうやらひとっ飛びしてしまったようである。
「津田さん・・・あの人は『Ｅ．○．』か？」