「危なかったよ、シモヒラ!危うく死ぬところだった!」
「よせよゆっきー・・・。」
幸村は人目をはばからず霜片に駆け寄った。幸いなことに、そこには他の人はいなかった。
そして忘れないうちにブレーキの調整をする。
調整をしながら、霜片は呟いた。
「・・・それにしても、すごかったなぁ、津田さん。」
「へ?津田さん?」
「ゆっきーもあの人見てたでしょ?あのスピードにあのジャンプ。」
「・・・そういえば、ヘアピンの前で何かが抜き去っていったような・・・。」
彼らのいう「津田さん」とは、今年霜片たちの所属するサークルに入ってきた津田響鼓(つだ・きょうこ)のことである。他の大学を卒業し、大学院から仙台に移ってきた人で、奇人としてサークルでも名が通っている。
幸村もようやく記憶を辿ることができたらしい。
「あぁ!あれ、津田さんだったんだ!・・・へぇ、噂通りの自転車だねぇ。」
「うん。僕がヘアピンに差し掛かる頃には、僕は60km/h出していたから、あの人もそれくらい出していたはずだよ。」
「ええっ、そのスピードでヘアピンをどうやって走っていったんだよ?」
「だから、ヘアピンを飛び越しちゃったんだって!」
思わず幸村は絶句した。
霜片は言う。
「人間、努力すれば何でもできるものなんだねぇ・・・。」
「なるほど・・・。」
幸村も呆然と相槌を打つ。
「僕もちょっとトレーニングしてみようかなぁ。」
「おっ、シモヒラ、クルマと原チャに続いてチャリも極めるんですか!」
羽生は幸村のことなど忘れて、『団扇坂』で待つ仲間の下へと向かっていた。
先に降りていた連中の間でも、津田のことを話題にしていた。
「なぁみんな、実は津田さんが・・・。」
羽生が話し掛けたときには、他の人も同様に口々にその話を切り出す。
「羽生さん、津田さんがいきなり降ってきたんですよ!」
「いやぁ、すごいスピードで『団扇坂』下りていきましたよ!」
「何せ、原付を右から抜いていってたからなぁ・・・。」
「いや、原付だけじゃなくって、コーナーでタクシーも抜いていきました!」
「あの分だと、軽く60km/hは出ているんじゃないですか?」
「すごいっすよ、しかも『ままちゃり』なんですよ!」
「いやぁ羽生、あれには俺もたまげた!」
最後に菅谷が口を挟んだ。
「しかも、例の荷物を籠にのっけているんだろう?」
羽生の問いに全員が一様に頷く。
「あの荷物だって20kgはあるぜ。一度持たせてもらったことあるし。」
そして結論は「荷物の中に地球外生物を飼っている」ということになり、ますます津田は奇人扱いされていくことになった。
「そういえば、ゆっきーさんは?」
後日のことである。
たまには運動しなければ、と思い立った霜片は、幸村や権堂に貸して以来久しく乗っていない自転車を出して飲み会へと向かった。
たまたま美術館の信号で津田と遭遇し、一緒に飲み会へ向かうことになったのだが・・・。
信号が変わったと同時に、津田の姿はぐんぐん前へと、そしてついには見えなくなった。
霜片雄大、完敗の歴史的瞬間である。
(おしまい)