(4)
 かくして下りは始まった。
 まず菅谷が先陣を切って下っていく。
 続いて自転車部員が一定の間隔を置いて下っていくのだった。
 幸村はしんがりの羽生の直前、つまりラス前の順番になった。
 自転車部の連中はすいすいと坂を下っていく。
 それにしても、自転車という乗り物はなかなか侮れない。
 聞くところによれば、人力といえどもかなりのスピードが出るとのこと。
 確かに街中においては、渋滞の横をすり抜けて疾走するあたりが、原付並みに速い。
 下り坂参考ともなれば、それこそコーナーリングの面でクルマよりも速いかもしれない。
 先日も羽生が陸橋の下りで50km/hをマークしたらしい。
 無論彼らクラスになると、自分の自転車に速度計はつけているわけで、遠くに出かけるときなどは、どれくらいの距離を走行したかだけではなく、MaxSpeedやAverageSpeedも重要らしい。
「そうか・・・自転車も結構奥が深いんだなぁ・・・。」
 『群青の流星』に至っては年間どれくらい走っているのだろうか、とふと考えている間に、ついに幸村の番が来た。
 とはいえ、もちろん最初からやる気なんぞない。気ままに下りるつもりである。
 ところが。
「ゆっきー、俺も早く下りたいから、君も早く下りてくれ。」
 いざ下り始めてから、後ろでせかす声がする。
 しんがりを務める羽生である。
 仕方がないので、少しスピードを出し始めたときに、悲劇は始まった。
 『しもちゃり』のブレーキが効かないのである。

「なんで?」
 既に30km/hは出ているであろうその時、幸村は冷や汗をかいていた。
 後ろの羽生も異変に気がついたらしく、声をかけてくる。
「バカ!ここは25km/hキープだ!それ以上出すと曲がれんぞ!」
「そんなこと言ったって、ブレーキ効かないんだもん!」
 スピードは落とせなくても、カーブは勝手に近づいてくる。
 幸村は無意識のうちにアウト・イン・アウトのコース取りをしていた。
 この先は右手から工学部方面の合流がある。そして自転車はなおも加速を続ける。
 軽いコーナーを抜ける頃、ようやくブレーキが効かない理由が分かってきた。
「もしかして・・・位置エネルギー?」
 突発的に思いついた割には、これはおそらく正答だろう、と幸村は思った。
 霜片が乗っていなかった自転車は、ブレーキの確認もされないままに幸村に乗られ、そしてブレーキをかけるシチュエーションもないまま山の上まで辿り着いてしまう。
 今朝、あれだけの思いをして登ってきた坂である。その「あれだけ」について思い知らされたのも、やはり今朝だった。そして原付が故障した理由も何となくそれのような気がした。
 平たく言えば、幸村自身が重いのである。
 幸村の握力はブレーキレバーを動かしはしても、肝心のブレーキシュー(ブレーキゴム)の部分がリムを挟みきれないのである。
「むむぅ、この幸村、一生の不覚やもしれぬ・・・。」
 その昔流行った『独眼竜』の名台詞を交えながら、果たしてこの先どうしたものかと幸村は考えていた。

 羽生の速度計は既に40km/hに達していた。
 そして前方の幸村には、どんどん引き離されていくのだった。
 右手には工学部方面からの合流が見えてくる。
 先行していた自転車部の後輩を抜いてしまった。
 羽生に戦慄が走る。
「くっ、・・・ゆっきー、さらば・・・。」
 羽生が諦めかけたその時、合流方面からインコースをギリギリに攻めてくる物体を見つけた。
「あ、あれは!!」
 

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