「なんで?」
既に30km/hは出ているであろうその時、幸村は冷や汗をかいていた。
後ろの羽生も異変に気がついたらしく、声をかけてくる。
「バカ!ここは25km/hキープだ!それ以上出すと曲がれんぞ!」
「そんなこと言ったって、ブレーキ効かないんだもん!」
スピードは落とせなくても、カーブは勝手に近づいてくる。
幸村は無意識のうちにアウト・イン・アウトのコース取りをしていた。
この先は右手から工学部方面の合流がある。そして自転車はなおも加速を続ける。
軽いコーナーを抜ける頃、ようやくブレーキが効かない理由が分かってきた。
「もしかして・・・位置エネルギー?」
突発的に思いついた割には、これはおそらく正答だろう、と幸村は思った。
霜片が乗っていなかった自転車は、ブレーキの確認もされないままに幸村に乗られ、そしてブレーキをかけるシチュエーションもないまま山の上まで辿り着いてしまう。
今朝、あれだけの思いをして登ってきた坂である。その「あれだけ」について思い知らされたのも、やはり今朝だった。そして原付が故障した理由も何となくそれのような気がした。
平たく言えば、幸村自身が重いのである。
幸村の握力はブレーキレバーを動かしはしても、肝心のブレーキシュー(ブレーキゴム)の部分がリムを挟みきれないのである。
「むむぅ、この幸村、一生の不覚やもしれぬ・・・。」
その昔流行った『独眼竜』の名台詞を交えながら、果たしてこの先どうしたものかと幸村は考えていた。
羽生の速度計は既に40km/hに達していた。
そして前方の幸村には、どんどん引き離されていくのだった。
右手には工学部方面からの合流が見えてくる。
先行していた自転車部の後輩を抜いてしまった。
羽生に戦慄が走る。
「くっ、・・・ゆっきー、さらば・・・。」
羽生が諦めかけたその時、合流方面からインコースをギリギリに攻めてくる物体を見つけた。
「あ、あれは!!」