(3)
 幸村の専攻は数学である。
 そしてその数学の授業を受けるべき建物は、なぜか霜片の家よりさらに登ったところにあるのだった。ちなみに霜片が通うキャンパスは、さらに上に登る。
 いつもは原付で登る幸村であったが、今日は霜片の自転車である。
「くぅ、いつもきつい坂だとは思ってはいたけど、人力で登るとやっぱりきついなぁ。」
 日頃は文明の利器に頼りっぱなしの幸村にとって、『団扇坂』の延長であるバス路線の坂は地獄であった。この山の裏手を走る『どん底坂』とともに、心臓に負荷のかかる上り坂ではある。
 キャンパスが見えてくる頃には、幸村は汗だくになっていた。そしてちょうど1コマの始まる時間である。

 この日一日の授業を疲れたまま受けた幸村は、足取り重く駐輪場に向かうのだった。
「はぁ、まったく、一日こんなに疲れたのは何ヶ月ぶりだろう・・・。」
 そう呟きながら自転車に乗り始めると、上の方から自転車の部隊が近づいてきた。
 よく見ると、それは同じサークルの連中である。
 その中の一人が幸村に気がつき、声をかけた。
「あれ、ゆっきー。君もチャリ通にしたのか?」
 近づいてきて停まったのはサークル内自転車部の菅谷であった。
 続いて羽生らも集まってくる。
「へぇ、君もようやくチャリ部に入部してくれるのか?」
「まじっすか、ゆっきーさん!」
「やったぁ〜、ゆっきーさんが入部してくださるって!」
「ちょっ、ちょっと待て! 俺はまだ何も・・・」
「せぇ〜のっ!」
「やぁっっ、たあぁぁ〜!!(意味なし)」
 幸村が何も言わない間にすっかり自転車部の人たちはその気になってしまい、何だか分からない間に一緒についていくことになった。
 とはいえ、このバス通りの坂を下っていくだけである。
 しかしこの坂は、下っていく「だけ」とはとても言えないような下り坂なのであった。
 途中にヘアピンが待っているのである。

 自転車部の面々が語るところを要約すると以下のようになる。
 まず活動目的は「群れてチャリる」こと。そして「より速く、より遠く、より無謀に」なのだそうである。
 要は自転車好きの集まりなのである。
 そして今回は、このバス通りをいかに速く下るか、がテーマらしい。
 それらの説明を受けた後、今度はコースのポイントを説明される。
「みなさんも御存知の通り、この坂は途中のヘアピンがカギです。」
 説明する羽生が注意を促すために少し間を空けた。自転車部員の目は真剣である。
「・・・ここからの下り、途中工学部方面からの合流のある辺りまでは速度全開でいけます。もちろんここはノンブレーキです。しかし!」
 羽生の説明は、ポイント毎に力が入るのが特徴である。
「その先にはあのヘアピンが待ち構えているため、それ以降は急激に速度を落とす必要があります。先日原付が対向車線にはみ出てバスと接触したという話もありますので、各自注意するように。」
 皆一瞬顔色が変わる。しかし部員はどうやら歴戦の戦士のようで、沸々と闘志が湧いているようである。
 一方幸村はというと、どうせ坂を下りるだけなんだから、と、いたってマイペースである。
 というか、このマイペースがあるからこそ、『しもしゃ』の助手席を指定席にできるのである。

 そして、一人ずつ坂を下りるときが来た。
「それではみなさん、頑張りましょう!!」

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