(2)
 牛越橋を渡りきってから霜片のアパートまでは、延々と上り坂である。
 結構微妙な時間ではあったが、幸村は驚愕と好奇心とで胸を膨らませながら足を急がせた。
「あのシモヒラが、まさかチャリを持っていたとは・・・。」
 仮にも『群青の流星』と謳われている人間が、のんきに自転車で街中をぶらついているとは、とても思えなかったし
、また思いたくもない幸村であった。
「・・・似合わね〜・・・。」
 結局のところ、想像力が概念を形作ってしまうことに歯止めをかけられなかった幸村であった。
「・・・絶対シモヒラファン、減るだろうなぁ・・・。」
 実はサークルの後輩などには、結構もてているという噂があるらしい。これに関しては幸村が調査中である。
 そうこうしているうちに霜片のアパートまで来た。
 そこには、何やら作業をしている霜片がいた。
「よぉシモヒラ〜、朝早くから済まんなぁ。」
 幸村の声に振り向いた霜片の向こうには、輝く1台の自転車があった。
「うおぉ、こ、これはぁ!!」
 霜片が一生懸命ボロで拭いていたものは、世間一般ではマウンテンバイクと称されるものであった。
 しかもなかなか高価そうなシロモノである。
 霜片は得意げに言った。
「ゆっきー、これ結構高いチャリだから、大事に乗ってね。」
「ああ、恩に着るよ。」
「でも、ゆっきーの体重に持ちこたえられるかなぁ?」
「余計なお世話だ!」
 かくして幸村の手に自転車は渡されることになったのである。
「しかし、何でおまえがチャリなんか持っているんだ?」
 幸村は、自身の抱く一番の疑問を、直接霜片にぶつけてみた。
「え?ゆっきーは菅谷や羽生に誘われなかった?1年のときに。」
「何?おまえは誘われていたのか?」
 菅谷鉄人(すがや・かねと)と羽生耕一朗(はにゅう・こういちろう)は、いずれも霜片と幸村にとってサークルの同期である。1年の頃から自転車好きで、サークル内に自転車部を結成した豪傑たちである。
「何でゆっきーは誘われなかったんだろう?」
「え、俺、だって入団したの、2年になってからだもん。」
 亘理幸村は2年の時に霜片たちの所属するサークルに入った。細かいことを言えば、入団そのものにおいては朝霞たちの学年と同期ということになる。
「それはそうとゆっきー、時間は大丈夫?」
 霜片が朝にしては珍しく気の利いたことを口にした。
「やばっ、もうすぐ1コマ始まっちゃうよ〜、それじゃシモヒラ、とりあえずこれ借りていくから。」
 そう言って幸村はサドルを跨いだ。ペダルを踏み込む。
「うわっ、軽〜!」
「壊さないでね〜!」
 実は半分寝ていた霜片の声は、既に角を曲がっていた幸村には届かなかった。

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