しもしゃが走る!

番外編3 しもちゃり

(1)
 世間に『群青の流星』という二つ名で知られる霜片が、まさかマウンテンバイクを所有していようとはなかなか考えつかないところである。
 霜片の朋友亘理幸村も、考えつかなかった人間のひとりである。
 霜片といえば『しもしゃ』である。まず真っ先にレガシィが浮かび上がる。そして通学用に原動機付自転車を所有していることも知っている。霜片の通うキャンパスは山の上にあるからである。
 しかし、しかしである。
 鋼のフレームに内燃機関を装備しない乗り物を操るということ、更にはそれを所有するなどということは、いくら付き合いの長い幸村でも想像できなかった。
 霜片がチャリを所有するという事実を幸村が知ったのは、その昔幸村が原チャを所有していた頃のことである。

 ある濃い霧の朝だった。
 いつものように学校へ出かけようとした幸村は、原チャのエンジンがかからないことに気づいた。
 普段から無理をさせている原チャである。もしや、と幸村は思ったが、案の定どうやら御臨終のようであった。
「うおぉ、どうやって学校行こう?」
 幸村の家のある国見からキャンパスまでは、まず一度広瀬川に架かる牛越橋に至るまでひたすら下り、そこから霜片の家のある川内までひたすら上り、更にそこから山を登らなければならない。
 運動エネルギーが位置エネルギーに変換される効率の悪さからいっても、「いい運動」になることは請け合いである。
 また公共交通機関を使おうとすると、これがまた接続が良くない。時間帯によっては歩いた方が早いというものである。
 そこで幸村の脳裏によぎるものは、他でもなく『しもしゃ』の存在であった。
 早速霜片に電話をかけると、いつも通り眠そうな声が返ってきた。
「あ、シモヒラ〜。悪いんだけどさぁ、オレ原付が壊れちゃってさぁ、『しもしゃ』で青葉山まで連れてってくれない?」
「へ?それなら歩けばいいじゃん。」
 朝の霜片は機嫌が悪い。しかもこの日は1コマがないようである。
「そんなこと言わずにお願いしますよぉ、シモヒラさん。後で一食おごるからさぁ。」
「いまゆっきーどこにいるの?」少しは頭も起きてきたらしい。
「え?今牛越橋を渡るところ。」
「あと登ってくるだけじゃん。」
「そこを何とかお願いしますよ〜。」
 幸村もここまで歩いてきて、息が上がっていた。
 そしてそのような状態のときに意外な事実をつかんだのである。
「うちまで来たら僕のチャリを貸してあげるから、頑張って登ってきてね。」
「は?おまえチャリなんか持ってたの?」
 幸村の素っ頓狂な声に、同じ道を歩いていた女子高生の集団が振り向いた。
 驚愕を胸に秘め、やや霧の晴れてきた牛越橋を歩く幸村だった。

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