(6)
 不意にレガシィが加速した。
 一瞬の出来事であった。
 しかし、朝霞もそれに応じてアクセルを踏み込む。
 辺りの景色も、もはやどこであるかは判然としない。

 朝霞は、レガシィが勝負に出たと判断した。
「遂にこのときが来たか!」
 久しぶりに口を開いた。
 そして徐々に車間を詰めに行った。
 ここまで来ると、もはや精神力の成せる業である。
 車体の剛性だとか、レスポンスのタイミングとかでは一概に言えない何かがあった。

 この時、幸村は霜片が焦っていることに気づいた。
 しかしこの状況下において、霜片に掛けるだけの言葉がない。
 幸村は唇をかみ締めた。
 他には何もできないのである。
 ただ、ひとつだけ思った。
 本来シモヒラはこんな場合に焦る性格ではない。
 では、焦る対象が違うのではないか、と。

 依然、徐々にではあるが車間は詰まる一方である。
 そして遂に、車間はクルマ1台分となった。
 ここまで来れば、ユーノスがレガシィによるスリップストリームの恩恵を受けられる。
 朝霞は口許を緩めた。
 次の直線でレガシィを抜ける、そう思った矢先、予想外の事態が起こった。
 レガシィが、不意に減速したのである。

「ば、馬鹿な!?卑怯なマネを!」
 目の前に迫るレガシィを避け、咄嗟に朝霞はハンドルを右に切る。
 そしてその瞬間、もっと信じられない現象が起きた。
 レガシィは大きく左へ消えていったのである。
「な、何っ!!」
 そう叫ぶや否や、今度は前方に・・・。

 レガシィは停まった。
 そこは駐車場。
 正確には志波姫PAというところであった。
「ぷひぃ〜♪」
 停まるや否や、霜片は駆け出す。
 つられて幸村も後を追いかける。
 ようやく何に焦っていたかが分かる。
 霜片も幸村も、トイレを我慢していたのである。

 一方、志波姫PAの出口には赤い回転灯が。
 案の定、朝霞が前にも厄介になったアレである。
 朝霞は肩を震わせて泣いていた。
 停まったユーノスに、制服の男たちが声を掛ける。
「何もにぃちゃん、泣くこともねぇだろうに。」
「あれだけスピード出しておいて、この後に及んで往生際の悪い!」
 無論そんなことのために泣いているのではなかった。
 これで『群青の流星』との戦いは、もう永久にないということに泣いているのである。
「ついに・・・ついに勝てませんでした、シモヒラさんっ!!」


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