(5)
 霜片と幸村は、ほぼ同時に気づいた。
 後ろのクルマが速度を上げたことに。
「シモヒラ!?」
 間髪いれずに幸村が声を上げる。
 無論霜片も分かっていた。
 『群青の流星』のタコメーターが跳ね上がる。

 歴史に残る戦いが
、遂に始まった。

 ここからは忍耐との戦いであった。
 互いの車間は着かず離れず、一定を保っている。
 ただし双方ともスピードは上がる一方であった。
 つまりは、双方とも同じ加速度ということになる。
 この精神的攻防とも思える緊張に、幸村はただひたすら見守るしかなかった。

 そんな状況の中、不意に霜片が呼び掛けた。
「ゆっきー。」
 幸村は思わず霜片の方を向く。
「僕は、やるよ。」
 それは霜片の決意だった。
 もはや隠されていない事実として、霜片は朝霞の前に立ちはだかろうとしている。
 幸村には掛ける言葉がなかった。

 後に亘理幸村は述懐する。
 その時シモヒラの中で何かが吹っ切れたのだ、と。
 そして何かから決別するように、その時のシモヒラは泣いていた、と。
 さらにそれでいて、口許は綻んでいた、と。
 後輩に対する優しさと、そして厳しさに満ちていた、と。
 しかし、そう思えていたのも束の間だった、と・・・。

 わずかなカーブでさえ、横方向に力がかかる。
 速度は既にそのような領域に達していた。
 そして霜片は、小さく頷いていたようだった。

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