(2)
トイレに行きたかった筈の幸村が、後ろから迫る不穏な気配に気づいたのは、それから間もなくのことだった。
そんな気を察してか、車内の空気が固まった。
既に霜片も臨戦態勢に入っていたのである。
『しもしゃ』のライトがアッパーになる。
本気モードに入った瞬間である。
「このまま、勝ち逃げさせるわけにはいかない!」
朝霞はもう一度つぶやいた。
今の朝霞には、前を行くレガシィの正体は分かっていた。
「くっ、俺が挑んだ伝説は、あの人だったのかよっ!」
サークルでのなじみはかなり薄い間柄ではあったが、だからこそ信じられない要素もあった。
いつもその動きを目にしていた筈。
いつでもその動きを盗めた筈。
そうした日常への怠慢に、朝霞は鬱屈した怒りをぶつけていたのである。
『黒い異邦人』もまた、かつてない戦慄に覚醒を余儀なくされていた。
一関トンネルを越える頃、トラックの交通量が増えてきた。
夜のうちに首都圏に向かうトラックは、首都圏に近づくにつれ増えていく。
岩手の南端に差し掛かる頃には、それなりの交通量になっている。
あるトラックは魚を、またあるトラックは農産物を、あるいは工場から出荷された各種製品など、様々なものを運んでいる。
それほどまでに、東北には意外なほど第1次、第2次産業が発達している。
その中を、群青色のレガシィが快走する。
しかしながら、たとえばトラックがトラックを追い越そうとするときは、必然的に車線は塞がれる。
前へ行きたくてもスクリーンアウトされてしまうのだ。
さすがに幸村も閉口した。
「何なんだよ、このトラックの群れは!?」
しかしそれは、後続の『黒い異邦人』にも同じことが言えた。
それを知ってか知らでか、霜片は言葉を発しなかった。
もはや幸村には、トイレに行きたい気持ちなんぞは忘れていた。
そうこうするうちに、遂にホームグラウンドの宮城県に突入していた。