(6)
 『しもしゃ』の目の前に銀色の車体が踊りこむ。
 その瞬間、霜片のスイッチが入った。
「やばっ!」
 幸村の目が覚める。
 かきーん。
「・・・シバク!!」
 その頃助手席では、目を閉じ恍惚とした表情で、若宮がクライマックス状態で歌っていた。
 一瞬幸村はほっとするも、すぐに我に返った。
「おい、シモヒラ!」
 後ろから霜片に声をかける。
 既に霜片は臨戦体制だった。口ずさんでいるものが口ずさんでいるものだけに、しかも感動をつい先程体験したがために、今夜の霜片は一味違った。
 前のクルマの後ろに、ぴったりと張り付くのである。

 先行する木之元がようやくその事態に気づいたのは、それからしばらく経ってからのことであった。
「ねぇ〜、さっきからあのクルマ、ぴったり後ろからつけてくるわよ!」
 女性にそう言われるまで、スピードを出すことしか考えていない木之元であった。
 ミラーを見ると、ある一定の距離を常に保ちながら、一台の車がつけているのがわかる。
 木之元が速度を落とせば後ろの車も速度を落とし、スピードを出せば後ろの車も速度を上げてくる。
「ううっ、おのれ、俺を試してやがる!」
 木之元は焦っていた。
「こうなったら、いちかばちかだ!」
 そう言うと、アクセルをベタ踏みした。最高速で振り切るつもりである。
 しかし、後ろのクルマもぴったりついてくるのである。
「やだ〜、気持ち悪いわね、あのクルマ!」
 そうこうするうちに信号に引っかかってしまう。前方にクルマがいて、それを追い越すと、後ろのクルマもすんなりと追い越してついてくる。そして気がつけばまた信号・・・。

 いつしか若宮も歌い終わり、後部座席の二人と同様に至福の世界に旅立っていた。
 『しもしゃ』にいつもの雰囲気が戻っていた。
 そして霜片はなおも歌いつづけていた。
 それを後部座席から見守る幸村。
 後ろからいくら幸村が問いかけても、霜片は反応しない。
 今回のいやがらせ作戦を、霜片は素でやっているらしい。
 いや、もしくは既に『オレネムイ』モードなのか?
 後部座席からは判断しかねる運転であった。少なくとも、幸村がまだ見たことのない運転には違いなかった。

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