先行する木之元がようやくその事態に気づいたのは、それからしばらく経ってからのことであった。
「ねぇ〜、さっきからあのクルマ、ぴったり後ろからつけてくるわよ!」
女性にそう言われるまで、スピードを出すことしか考えていない木之元であった。
ミラーを見ると、ある一定の距離を常に保ちながら、一台の車がつけているのがわかる。
木之元が速度を落とせば後ろの車も速度を落とし、スピードを出せば後ろの車も速度を上げてくる。
「ううっ、おのれ、俺を試してやがる!」
木之元は焦っていた。
「こうなったら、いちかばちかだ!」
そう言うと、アクセルをベタ踏みした。最高速で振り切るつもりである。
しかし、後ろのクルマもぴったりついてくるのである。
「やだ〜、気持ち悪いわね、あのクルマ!」
そうこうするうちに信号に引っかかってしまう。前方にクルマがいて、それを追い越すと、後ろのクルマもすんなりと追い越してついてくる。そして気がつけばまた信号・・・。
いつしか若宮も歌い終わり、後部座席の二人と同様に至福の世界に旅立っていた。
『しもしゃ』にいつもの雰囲気が戻っていた。
そして霜片はなおも歌いつづけていた。
それを後部座席から見守る幸村。
後ろからいくら幸村が問いかけても、霜片は反応しない。
今回のいやがらせ作戦を、霜片は素でやっているらしい。
いや、もしくは既に『オレネムイ』モードなのか?
後部座席からは判断しかねる運転であった。少なくとも、幸村がまだ見たことのない運転には違いなかった。