(5)
いつしか演奏会も終わり、辺りは暗くなっていた。
それぞれの車内では皆、演奏会の余韻に浸っていた。
霜片もるんるん気分で運転している。
「シモヒラ〜、何か今夜はのってるねぇ!」
後部座席で幸村は言った。そういう幸村はファンクラブ会長争奪戦に見事優勝していた。
「そりゃああれだけの演奏をナマで聴ければね!」
霜片は、助手席の若宮とともに、今日演奏された曲目の一節を歌っていた。
一方幸村の傍らには、既に瞑想の世界へと旅立つ二人の姿があった。
「うおおっ、俺はファンクラブの会長なんかじゃないのにぃ〜。」
「ういやあ、俺の○○○(自主規制)〜・・・。」
二人とも何やら分けのわからぬ寝言を口にしながら、幸せそうな顔をしている。
幸村も満腹で御満悦状態であったが、一つだけ幸村には心配事があった。
それは、もう夜であることである。
朝の早かった霜片にとっては、もうじき『オレネムイ』が発動する時間となる。
ましてや演奏会後にも食事を摂った霜片には、ほぼ条件は整っていた。
このままではサークルの人間に霜片の走りを見られてしまう。
幸村はそれに気づいていながらも、自身もかなり食べ過ぎていたために夢見心地であった。
しかし、そこへ一台のクルマが・・・。
後部から『しもしゃ』に迫るヘッドライト。
夢見心地の幸村は、しばらくそれに気づかなかった。
前の霜片と若宮は熱心に歌いふけっている。
「ん?」
次の瞬間その灯りは突然バックミラーから消え、『しもしゃ』の脇を物体がすり抜けていった。
栃木ナンバーのブルーバードでは、
「木之元く〜ん、このクルマって〜、どれくらいのスピードが出るの〜?」
「えっ、見てみた〜い!」
という女性陣の煽動を受けて、何やら木之元が調子に乗っていた。
「よお〜し、みんな、シートベルトはきっちり締めてね!」
と言うと同時に、アクセルを踏み込んだ。
もはや木之元の目には、前方のクルマはただの障害物でしかなかった。
それが『しもしゃ』であるとも知らずに・・・。
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