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 『しもしゃ』の中では珍しく高尚に、音楽の話でにぎわった。
 今回公演するアーティストの話、霜片のよくクルマで聴く曲の話、若宮のドイツ・リートの話、羽生と推上の音楽談義・・・。
 しかし霜片は意気消沈していた。これから旅先で大食いに挑まなければならないからである。
 一方、『しもしゃ』を先行する『黒い異邦人』の中は食べ物の話でにぎわっていた。
 幸村が『黒い異邦人』に乗っていたからである。
「いやぁ、間下さん、今日は負けませんよ〜!!」
「ゆっきぃ〜、今日やると先に言っといてくれれば、俺も昨日大酒飲まなかったのによぉ・・・。」
 助手席で間下は萎えていた。
 そして同乗の石津は何やら疲れていた。
「あのぅ、潮崎さん?」
「どうした石津?いつも萎えてるけど、いつになく萎えてるし。」
「いや、そのぅ・・・。」
「いいから早く言え!言わないと3つ数えちゃうよ!3,2,1、ほら、早く言えよ!」
 潮崎は石津をまくしたてるのに慣れていた。
「・・・狭いっすね。」
「・・・それは言わない約束だよ。何失礼なこと言ってるんだよ。」
 潮崎も萎えた。
 わりと大柄な間下と幸村が同じクルマに乗っているため、クルマのバランスをとるために間下と幸村は対角に座らなければならない。そして一番細い石津は、必然的に後部座席の中央に座らなければならないのである。
 しかし、クルマが大した加速ができない原因ではあれ、狭い理由にはならなかった。
「あのさぁ〜、潮崎〜。」
 幸村が石津の意を察したらしく、潮崎に話し掛けた。
「少しは膝を閉じたら?」
 他の誰よりも幅を取っていたのは、実は潮崎だった。
「あいたたたた・・・。」
「おまえ、しらじらしいんだよ!」
 幸村が叱る。
「はぁ・・・萎える・・・。」
 石津はもはやグロッキー状態だった。
「萎えるって言うな、萎えるって!」
「ほらほら、石津をそれ以上萎えさせるな。」
 間下が横槍を入れる。
「わかりましたっ!ほら朝霞、さっさと飯屋に行こうぜ!」
 後腐れがないのは潮崎の長所とも言える。
「まだこの時間じゃ店も開いていないだろう?それにさぁ、このクルマ、さっきから加速し、ブレーキの効きが悪いんだけど・・・。」
 朝霞は嘆いた。3ナンバーのユーノスが狭くなるということは、やはりエネルギーの変換効率が悪いということなのだろう。
「よくシモヒラさんは毎回ゆっきーさん連れてドライヴに行けますねぇ。」
「そりゃあ、『しもしゃ』だからなぁ。結構山形とかに飯を食いに行くんだよ。」
「はぁ、夜中の県境は気をつけてくださいね。走り屋が多いですから。」
「そりゃあ・・・。」
 大丈夫だよ、シモヒラ『群青の流星』だから、とはとても言えず、言葉を飲み込んだ幸村であった。

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