(5)
後ろからしもしゃが迫っているその頃、朝霞はクルマに異常を感じていた。
いや、既に予期していたのである。
『白い異邦人』の最期を。
もともと『白い異邦人』は上り坂に弱い。高速道路でも、乗用車であるにもかかわらず、登坂車線を使わざるを得ない。平地ではそれこそ驚異的なスピードを出すクルマが、上り坂になった途端にスピード面でリミッタ−が働く。原因不明の難病であり、ついでに不治の病であった。
死はあっけなく訪れた。青葉城址への上り坂で突如エンジンが止まったのである。
朝霞は初め何が起きたかわからず、必死にスターターを回していたが、やがて事態を悟り、そしてつぶやいた。
「そうか・・・逝ったか・・・。・・・安らかに眠れ、我が愛機よ・・・。」
「・・・あの〜朝霞さん・・・。」
助手席の石津が尋ねた。
「・・・俺たち、どうやって帰りましょうかねぇ?」
しもしゃがそこを通りかかったとき、石津が後ろから押していた。
推上は唖然としていたが、
「レースが終わったら、助けに行きましょう!」
とだけつぶやいた。
青葉城址入口に差し掛かり、あと1周であることが記されていた。そしてしもしゃの前方には、もはや1台しかいないことも明らかにされた。
霜片は直感する。それをしでかすことのできる車は、おそらく衛藤の軽以外あるまい、と。
そしてもはや助手席の推上がグロッキー状態であることは気にしていないようだった。
青葉城址のヘアピンを曲がる霜片の視界に、白銀の影が入ったからである。
「よっしゃあぁっ!!」
霜片は気合を入れ直し、なおもアクセルを踏み込む。自殺の名所の橋を越え、坂の頂上の信号に至る頃には、両者の車間も5台分くらいになっていた。『どん底坂』の恥を今こそ返上すべし、という意気込みであった。もはや気力は140を超えていよう。コーナーリングの無駄が、もはや神の領域になっている。
下り坂の戦いは熾烈を極めた。しもしゃは直線のスピードで、軽はコーナーリングで、それぞれ距離を稼ぐ。ついにT字路で突き当たるまで、その距離は変わらなかった。
助手席の推上は、既に気を失っている。
こうしてレースを続けている間も、信号だけには引っかかる。『獅子転げの坂』を下りきった後にある信号で、ついに赤信号に出くわした。
「好機!!」
霜片は叫んだ。ついに白銀の軽に追いついたのである。
しかしそこからが戦いであった。両者一歩も譲らず、また仲の瀬橋を渡る。
このとき、霜片は勝負のポイントを考えていた。
このクルマを抜く機会は、おそらく青葉城址の坂しかあるまい、と。
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