(3)
 その日、山形・宮城県境付近では、事故が多かった。
 そしてその事故の遭遇者は、口々に同じことをつぶやいた。
「『白い異邦人』が駆け抜けていった!」と。

 幸村が緊張する間にも、しもしゃは峠を進んでいく。
 県境付近に来て、霜片が口を開いた。
「ゆっきー、何か喋ってくれよ、俺、眠くなってきちゃったよ・・・。」
 それを聞いて、幸村は別な寒気を感じた。霜片の口にする呪文「オレネムイ」は、彼の運転するクルマに乗る人を一瞬にして凍らせるという効果があった。そして今回も例外ではなかった。
「ば、ばかやろー。こんなところで寝ちまったら、寝ている間に走り屋に何されるか分かったもんじゃないぞ!」
 幸村は鼓舞した。それでも霜片の目は虚ろだった。心なしかハンドルを握る手元が怪しい。
「いかん!!」
 そう思った瞬間、二人の視界に明かりが見えた。というよりは、否応なしに二人はその光に照らされたのだった。
 後部からクルマが接近している。そのアッパーライトがしもしゃを照らす。明らかにパッシングである。
「おいおい、シモヒラ〜。おまえが眠いとか言い出すから、変なのに狙われちまったじゃないか〜。」
 ところが当の霜片は、どうもこの光を浴びた所為なのか、急に元気を取り戻したようだった。目には精気が漲っている。
「へぇ〜、僕に喧嘩売ってるんだ、後ろのクルマ。」
 霜片がにやりと笑う。
「おもしれぇ、やってやろうじゃねぇか!!」
 幸村はこの豹変ぶりに、3種目の悪寒を覚えた。
「ああ、また発動しちまったよ、シモヒラの「虫」が!」

 後方のクルマは、抜き去ろうとしたところを加速されて、初め唖然とした。そして次の瞬間、向こうが喧嘩を売っているということが分かると、運転手は歓喜の声を上げた。
「おもしれぇ、俺に喧嘩を売るたぁいい度胸だ!」
 そうしてバトルが始まった。
 そして後ろのクルマを確認するべく振り向いた幸村は、驚愕した。そしてかすれる声でつぶやいた。
「・・・し、白の、ランサー!!」
 ヘッドライトは相変わらず眩しい。がしかし、時折迫るカーブのおかげで、その時だけライトを直視せずに済む。幸村が振り向いたのは、丁度その瞬間だった。
 その声に反応して霜片が応える。
「む、白のランサー。さしずめ『連邦の白い悪魔』といったところか!!」
 幸村は一瞬頭が空白になった。こんな時にもこいつはギャグを言うのか、と。
 しかし霜片はランサーに抜かせない。抜こうとするところをしもしゃがブロックするのだ。
 幸村は緊張しながら、そう、まさに生死の境を歩むかのように緊張しながらも、こんなことを考えるのだった。
「いつぞやの、モナコみたいだ・・・。」
 そう思いつつ横でハンドルを操る霜片に目を移す。
「やっぱ俺も、こいつと一緒で楽しんでいるのかもしれないな・・・。」
 そう思うと、幸村は、心の霧が晴れていくように感じた。この一歩間違えれば命の保証のないレースに身を置いている自分を、なぜか幸福に思えた。いつにない臨場感・・・。
「おい、シモヒラ。気をつけろ! ヤツはおそらく、この辺じゃ『白い異邦人』という名で通っている走り屋だ! 『群青の流星』がどんなものか、見せてやれ!」
 その『群青の流星』という言葉を聞いた瞬間、霜片は覚醒した。消費精神ポイント60というやつだ。
 突然しもしゃのエンジン音が変わる。そしてただでさえカーブの多いこの笹谷峠を、いともたやすく、まるでそこにカーブなどないように、すりぬけていく。
 一方『白い異邦人』も負けてはいない。『群青の流星』のブロックをかいくぐろうと、必死になってついていく。
 そう、ついていく・・・。まさにその表現が正しいと思われるほど、霜片は後ろのクルマを圧倒していた。
 普段は、只のさえない大学生。それがここまで豹変しようとは・・・。そう幸村も考えるのだった。
 クルマはいつしか県境を越えていた。

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