(4)
 宮城側にはいると、専ら下り坂になる。
 その下り坂を、2対のライトがうねる。その光はさながらジェットコースター。
「おいおいシモヒラ〜!」
 いつしか幸村はその先を言えなくなっていた。またその台詞を口にするときでさえ、既に言葉に心はなかった。
 まだ戦いは続いているのだ・・・。
 その時、前方から光が射し込んできた。対向車だ。そしてその対向車は2台に道を譲るがごとくに、路肩に停まろうとする。
 同時に幸村の目には、ある種の明かりが飛び込んできた。幸村の記憶が正しければ、この道のこの地点には、たしか・・・。
「そうか!」
 突然幸村は叫んだ。霜片の眉が動く。幸村の表情には、半分安堵の、そして半分は新たな戦慄の相が浮かんでいた。
「この先に信号がある!!」
 この言葉を口にするときには、既に確信に変わっていた。この先の信号を左に曲がれば、家に帰れるのだ。そしてこの言葉に霜片は反応した。
「何・・・。」
 一瞬、霜片の中で意識が朦朧としたかに見えたが、そのすぐ後には、「いつもの」霜片が宿っていた。
 その間わずか数秒。この間に、『白い異邦人』は、対向車線を使って悠々としもしゃの前へ躍り出た。
「あ、もう信号!」
 そう霜片が口走るが早いか、『白い異邦人』はドリフトして赤信号を左に曲がっていった。
 早くから信号を意識していたしもしゃは、赤信号に悠々停まる。
「信号が、僕の邪魔をする・・・。」
 霜片は心の底から悔しがった。幸村も同じ気持ちだった。あとどれだけ2台の優雅な世界を味わえたかと思うと、この信号の存在が無性に腹立たしかった。
「だから僕は、信号が・・・。」

 ところが・・・。

 霜片が停車しているその信号の右手側から、突如黒い固まりが現れた。かと思うと、それはまばゆい赤い光を発しはじめる。また次の瞬間、轟音と共に大音量の言葉が聞こえてきた。
「そこの白いランサー、停まりなさーい!」
 ・・・。
 警察だったらしい。
 間一髪。
「・・・なんか、命拾いしたらしいね・・・。」
 呆然としつつ幸村は口にした。霜片も同感だったらしい。そして二人が気がついたのは、その場で赤信号を3度体験したあとだった。

 3度目の青信号でようやく発進したしもしゃは、前方にパトカーがいることを考慮して、指定された速度通りにクルマを進めた。
「最高速度って、こんなにゆっくりなもんなんだね。」
 いつもに比べて遙かに低速で走行するしもしゃに、幸村は半ば感動しながら霜片の方を見た。霜片はたるそうだった。
 やがて前方に1台のパトカーと、1台の白いクルマが見えてきた。そこで目にしたものは・・・。

「いやぁ、信号見えなかったっすよ。あははぁ〜!」
「きみぃ、あんなところで普通ドリフトするかねぇ・・・。」
「いやぁ、まじで信号見えなかったっすよ、あははぁ〜!!」

「もしかして、今の、俺達の知り合いじゃねーか?」
 情報通の幸村としては、このことになぜ気づかなかったんだろう、と、少し後悔した。そういえば、うちのサークルに、誰にも真似の出来ない運転をするので有名なやつがいたっけ・・・。
「・・・あれ、どうみても、朝霞聖史(あさか・きよし)だよなぁ。」
 霜片も言う。朝霞とは、彼らと同じサークルの、1コ下の後輩である。デンジャラスな運転をするので、サークルで付いたあだ名は、『デンジャラス・ミンガー』である。
「そうか・・・俺、あんなやつと張り合っていたのか・・・。」
「『デンジャラス・ミンガー』=『白い異邦人』がわかっただけでも、今日は収穫としておこうぜ。」
 幸村はそう締めくくった。もう真夜中もいいところであった。
「さて、風原に電話しようか。って、おい、もっとゆっくり走れって。電波が追いつかない!」
「何言ってるんだよ、ゆっきー。ここは電波がないんだよ・・・。」
 『群青の流星』の幸せな旅は、今日も続く・・・。


(3)へ

しもしゃIndexへ