しもしゃが走る!
番外編 原チャの世界
(1)
しもしゃといえば、無論『群青の流星』を指す。しかし、霜片の才能は、単にしもしゃにだけ注がれているわけではなかった。
彼の所有している原動機付自転車も、例外ではない。
知己の乗る原チャに似ず、その独特のフォルムは流線型を彷彿させ、いかにも他の原チャをおちょくりそうではある。しかもナンバープレートには、仰々しくも『伊那市』と書いてある。色は緑。
この原チャが一般道で普通乗用車を抜き去る姿を見ると、やはり乗っている人物は霜片に相違ないと思うのである。
人々はこの姿に、『ライダー』と名づけている。
普段通学用に使用している原チャであるが、この日は違う目的でまたがっていた。
これからスピード測定に向かうという寸法である。
普通原動機付自転車たるものは、スピードメーターは60km/hまでしかない(ちなみに法定速度は30km/h)。しかし、「一般道で普通乗用車を抜き去る」ところからして、とても法定速度で走っているとは思えない。
果たしてどれくらいの速度を出しているのだろうか、その疑問が生じたとき、ふと問題も生じた。
何を用いて速度を計るのか?
もっとも確実な方法はスピードガンだろう。しかし彼の身の回りにはそんなものを所有している人はいない。
次に自動車に測定してもらうことだが、『しもしゃ』のドライバーが『ライダー』になるのだから、実行するには車ごと誰かしらに依頼する必要がある。
さて、周辺に、車を持ちつつ、かつある程度の運転技術を所有する人間が、果たしていただろうか、と霜片は考えた。
そして。
該当する人物が浮かんだ。
「朝霞・・・。」
朝霞とは、かつて峠で争って以来、妙に気恥ずかしく、サークルで顔を合わせても、殆ど口をきかない。しかも朝霞本人は、あの日争っていた『群青の流星』が霜片であることを、まだ知らない。
意を決して依頼に行った霜片であるが、そこで初めて、他にも原チャに乗っている人間がいること、そしてその人数は結構いることがわかった。つまり、他の原チャの面々も、どうやらスピードを測定してもらいに朝霞に依頼しているとのことだった。
「へぇ、まさか霜片さんも参加するとは思っていませんでしたよ、ははは・・・。」
いつもの口調で朝霞は返事をした。本当に気が付いていないようだ・・・。
そして期日は明日の夜、場所は隣町の空港近くの直線道路、ということになった。
霜片より年下の連中は、皆いきり立っている。石川島潤(いしかわじま・じゅん)という後輩は、
「へっへ〜、俺リミッター外してあるんだぜ!」
と、得意そうだ。石川島よりひとつ年上の石津教生(いしづ・のりお)という後輩もまた、リミッターを切っているらしい。リミッターとは一定以上の速度が出ると、自動的に減速させる装置のことで、これを外すということは、エンジンの持つ限りの速度が出るということになる。
これはかなりに強敵になりそうである。
そこまで考えてふと「しまった!」と思った。霜片がもしこれに参加して勝ってしまえば、たちまちサークルの人間全員に、自分が「走り屋」ということが知れ渡ってしまう。それだけでなく『群青の流星』であることも知れたら・・・。
霜片は今になって後悔をし始めた。
かくして、その夜になった。
強者どもが、隣町の海岸沿いに集う。