しもしゃが走る!

番外編2 赤い彗星

(1)
 霜片は弟とクルマを交換した。
 弟は大学でスキー部に所属しているため、冬の時期は兄の『群青の流星』の方が使い勝手がいいのである。
 そのとばっちりを受けて、冬の期間だけ、しかもスキーシーズン限定で、霜片は弟のクルマを運転しなければならないのである。
 同じ松本ナンバー、しかし外見は似ても似つかないものがあった。

 その日の笹谷峠には、走り屋たちのどよめきがあった。
「最近さぁ、マーチのくせにやたら速いやつが出てきたよなぁ。」
「ああ、さっきも上り坂にもかかわらず、コーナーで外側をドリフトして抜いていきやがった。」
「なんなんだ、あれは?」
 峠の休憩所で休んでいた彼らの所に、一台のクルマが入ってきた。
 ユーノスである。しかも不気味に黒く輝いている。
「あ、朝霞さん!」
 朝霞聖史は、普段はサークルのよき先輩として名高い存在であるが、夜になるととことんコーナーに牙を剥く、走り屋サークルのリーダー的存在なのであった。
 しもべたちは事の次第を説明する。
「なにぃ、『群青の流星』に続いて、また変なやつが現れただぁ?」
 朝霞はいつになく機嫌が悪い。先日『青葉城址選手権』で愛車『白い異邦人』を失った後遺症である。
 寿命だったんだ、そう言い聞かせても、なかなか立ち直ることはできない。それほど多くの戦いに挑み、そして愛したパートナーであった。
 仕方なくなけなしの貯金をはたいて購入した中古のユーノスは、まだ朝霞の運動神経についていけるような調整はされていない。
 何よりもホイールバランスの調整がなされていないのが、加速重視の朝霞にとっては痛い。ましてや峠を攻める走り屋にとっては致命的とも言える。
「で、どんなやつなんだ、その走り屋ってやつは?」
 ようやく少しは正気を取り戻した朝霞は、受け取ったコーヒーをすすりながらそう訊ねた。
「へぇ、じ、実は・・・。」

 その夜、いつものごとく、国道48号線(ヨンパチ)を西に自転車をこいでいた幸村は、初めエンジン音を耳にしたとき、
「この接近速度は間違いなくシモヒラだ!」
と思った。実際そのようなスピードで接近していたのである。
 しかし次に幸村は、振り向きもせずにあることに気が付いた。
「あれっ、音が違う!?」
 霜片と知り合ってかれこれ5年の幸村としては、霜片にしてはエンジン音がおかしいことに気が付いたのであった。
 さらにクルマが接近すると、そのエンジン音にいつもの重厚さが欠けていることに気が付いた。
「もしやシモヒラの身に何か!!」
 そう思って自転車を止めふと振り向くと、すでにそのクルマは脇につけていた。
「やぁ、ゆっきー。飯食いに行かない?」
 中から声がして、思わず幸村は息を飲んだ。
「なにっ!!」

 そのクルマは、赤いのである。

(2)へ

「しもしゃ」インデックスへ