しもしゃが走る!

第2章 青葉城址選手権

(1)
 霜片の家は、さる山のふもとにある。山とはいえ、ここは学生街である。
 今日も恒例のドライブを終えて、今帰途に着いているところだった。
 仲の瀬橋を過ぎると、家はもうすぐそこである。
「今日もいろいろあったなぁ。」
 彼の言うところの「いろいろ」とは、普段の何気ない学校生活のことである。
「さて、明日に備えて、帰ったら勉強だ。」
 彼お得意の呪文「オレネムイ」が発動する前に、家に帰り、明日以降の学校に備える筈であった。
 しもしゃの横を、一台の車が通り過ぎるまでは。

 白銀に鈍く光る車体は、郵便局の前でしもしゃを抜いたかと思うと、その先の直角に右に曲がるカーブをドリフトして姿を消した。
 こういう光景を目の当たりにしては、霜片の血が騒がないはずはない。
 霜片がアクセルを踏み込んだ。しもしゃが『群青の流星』へと変わる瞬間だ。
 もはや霜片の頭の中に明日のゼミにことなどはない。
「おおりりゃぁあ〜!!」
 しもしゃがドリフトしてコーナーを右に曲がると、例の車は2つ先の信号を左に曲がるところだった。
「バカ、そっちは!!」
 思わず霜片は叫ぶ。その方角は彼の家のある方角である。したがってこの先に何があるか、霜片はよく知っている。そしてその曲がった先にあるのは、『ぷくホー』と交番だった。
 南無三、そう思いつつ同じ角をドリフトして後を追う。
 距離は依然縮まらない。
 白銀の車体は先方の交番の横を右斜めに入っていく。このまま行けば有名な『どん底坂』である。
 霜片は勝機を見出した。上り坂なら距離を詰められるかもしれない。間髪いれずにアクセルを踏み込む。
 『どん底坂』とは、歩いて上ろうものなら必ず息が切れる、原チャで上ろうものなら下手をすると途中で止まってしまうという急勾配の通称である。エンジンのパワーなら、おそらくしもしゃに勝る車はそういない。
 ところが。
 なかなか車間は詰まらない。詰まっていることは詰まっているのである。しかし途中のヘアピンをはじめとするカーブで何故か離されてしまうのである。
 「なぜだぁ!何故距離が縮まらないぃ!!!」
 霜片は焦っていた。
 仮にも『群青の流星』という二つ名で通っている身としては、他の車に置いていかれるというこの事態は、甚だ屈辱的な事態なのである。
 『どん底坂』を上りきったとき、白銀の車体との差は1台分縮まっていた。そしてそのとき、霜片は信じられないものを目にした。
 白銀のボディーのその車は、軽自動車だったのである。

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